« どこでもいっしょ | メイン | お別れ »
2005年10月29日
茨木童子の里

昨日はHPのある特集ページ作成のため、長岡市の取材(と言っても写真撮影のみ)に行ってきました。
ところが、気づいたらなぜかお隣の栃尾市の写真ばかりになってしまっていたのでびっくり(?)。
なぜ、隣の市ばかりになってしまったかと言うと、それは昨年の中越大震災のせいです(本当は自分のせい)。
つまり、最初に長岡市内を一望できる『八方台』というスポットに行く予定だったんですよ。
ところが、そこへ通じる全ての道が復旧工事中かまだ手付かずの状態で、どこからもたどり着く手段がなかったのです。
まあ、本当はあったのかもしれないけど、それほど真剣に探していなかったっつーか。
悠久山方面からの道が駄目、川崎インターからの道も無理、それなら栃尾側から行けるんじゃないか?ということで、一旦栃尾市(小さな山一つ隔てて隣)に出て、そこからの道を辿ったのですが、そこも「この先復旧工事中のため長岡市側への通り抜けはできません」という工事看板。
と、そこで偶然惹かれるものを見つけたので、写真に収めた次第です。
えっと、『茨木童子』ってご存知ですか?
あー、あんまりメジャーじゃないかも知れませんね。
じゃあ、『酒呑童子』は?
んー、『大江山の鬼退治』は??
酒呑童子というのは、御伽草紙という昔話集に綴られる一編の物語、及びその主役級の鬼の名前で、わかりやすい解釈というか、顛末のお話が『大江山の鬼退治』という形で語られています。
で、その酒呑童子の右腕というか親友というか、要するに鬼仲間なのが茨木童子です。
大江山の鬼退治という話は、京都の大江山に本拠を置く酒呑童子の一派の悪さが酷く、朝廷の命を受けて源頼光(みなもとのよりみつ、またはらいこう)という侍大将が配下武将を伴ってこれを退治に行くというもので、頼光四天王と呼ばれる武将の中に、かの有名な足柄山の金太郎(元服名・坂田金時)が名を連ねています。
そもそも、金太郎の昔話の結末で、強い武将にしてやると言って源頼光というお侍さんに連れて行かれる、というくだりがあるのですが、金太郎の末路って結構知らない人が多いんですよね。
話はだいぶ逸れましたが、その鬼退治の際に酒呑童子は、およそ主役とも思えない卑劣な手を駆使した源頼光一行によって討ち取られます。
要するにだまし討ちされたわけです。
敵があまりにも強大であったため、ということなんですが、どうせならもうちょっとカッコよく戦って欲しいものだと、子供心に思う子も少なくないのではないでしょうか。
まあ、目的のためには手段を選ばない、と言う意味では超現実的戦術とも言え、今年始めのニッポン放送買収、今話題のTBS株買収、云々かんぬん(これ以上は述べますまい)。。。
で、一味の残党は朝廷側のヒーローによって掃討されるのですが、茨木童子のみ命からがら逃げ延びたと、こういうお話です。
ちなみに、茨木童子も全くの無傷ではなく、頼光四天王の一人、渡辺綱(わたなべのつな)によって片腕を切り落とされ、よなよなその腕を取り戻しに出没した、という伝説もあるとか。
そのときに使用された綱の愛刀が後に『童子切安綱』と呼ばれたとか、よくわかりませんが、カッコいい逸話もあるようで、剣愛好家にとってはちょっとアレな一品なのでは?
あー、またも話が逸れましたが、写真がその茨木童子を祀った祠です。
栃尾市の軽井沢という地区にありました。
八方台へ抜ける道の途中でした。
ちなみにこの茨木童子も酒呑童子も同じ越後(新潟県)の出身で、どちらももともとは人間、しかも絶世の美男子という話。
それぞれ、親がなぜだか行く末を案じて、酒呑童子は国上寺に、茨木童子は弥彦神社に預けられたそうです。
私、弥彦神社のある弥彦村の出身なのですが、長らく知りませんでした。
ちなみに、母方の実家のある分水は酒呑童子の出身地です。
うーん、どうりで私は美男子だと思ったら、そういうことか(嘘)。
ここ何年か、頼光伝説に興味があったので、ゆかりの地を見つけてちょっと嬉しくなった1日でした。
投稿者 degu-factory : 2005年10月29日 16:29
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.degu-factory.com/blog/mt-tb.cgi/45






